本日は、Ultra Trail Ninghai by UTMB を主催している会社と代表について掘り下げたい。 Ultra Trail Ninghaiは、2013年より開催された大会で中国のトレイルレースでは草分け的存在。そして2023年には by UTMB のシリーズとして組み込まれたものの、3年後の2025年10月大会をもって by UTMB シリーズから抜けると発表。これは先日上げた 🥉月刊GO ASIA TRAIL 2025.11号 / Ultra Trail Ninghai by UTMB の離脱 でも取り上げた内容だ。
その後、Ultra Trail Ninghai について調べてみたところ、この主催者の代表である薛乾曜が中国では有名なトレイルランニングの主催者でいわば網紅的な存在だ。そこで興味が湧いてきたため、深堀りの記事を作ってみました。
薛乾曜について
中国の山野を駆け抜けるランナーたちの足音が、静かな地方の村々を目覚めさせる。そこに一人の男の情熱が息づいている。上海穹景体育文化发展有限公司(英語名:Skyview Sport)のCEO、薛乾曜(Xue Qian Yao、愛称「大宝」)氏。彼は外資系企業のサラリーマンから、トレイルランニングイベントのパイオニアへ転身した男だ。2013年の小さな一歩が、12年後の今、UTMB(Ultra-Trail du Mont-Blanc)ワールドシリーズを沸かせ、地方創生のモデルを生み出した。今日は、そんな薛氏のストーリーを、インタビューや記事から紐解きながらお届けする。あなたも、この山野の呼び声に耳を傾けてみてほしい。
転機の富士山:情熱の火種
すべては、2013年4月の日本・富士山で始まった。薛氏は、当時外資系企業でプロジェクトマネージャーとして忙しい日々を送っていた。弟の影響でランニングを始めた彼は、2009年から国内外のレースに挑み続け、ついにUltra-Trail Mt. Fuji(100マイル=約161km)に挑戦。標高差9,000m超の過酷な山道を、雨と霧にまみれながら完走した。
フィニッシュラインで待っていたのは、レースディレクターの鏑木毅氏からの温かな抱擁。「あの瞬間、心が震えた。中国でも、こんな喜びを共有できるイベントをやりたい」――薛氏の言葉だ。この感動が、起業のスイッチを入れた。同年5~6月、彼は友人らと浙江省寧海県へ視察旅行へ。明代の旅行家・徐霞客の古道を辿る国家登山健身步道に魅了され、わずか数ヶ月で初のイベントを企画。79人規模の「寧海越野挑戦賽(Ninghai Ultra Trail Challenge)」が、2013年10月にスタートした。信号銃の代わりに村人の掛け声、補給食は手作りのお粥と漬物。計時機器すらなく、純粋な情熱だけが支えた草の根のレースだった。
この経験は、薛氏に「イベントは人々を繋ぐ公共財」という哲学を植え付けた。2015年のインタビューで、彼はこう語っている。「参加者と主催者の良性循環を生むことが大事。質の高いサービスで、スポンサーやメディアを呼び込む」。
泥濘の道を駆け抜けて:成長と試練
寧海レースは、初回の素朴さから急速に進化を遂げた。2014年までに100km部門を追加し、江南の竹林、茶畑、渓谷を巡るコースがランナーを魅了。参加者は数百人へ膨れ上がり、薛氏は会社員を辞めて穹景体育を正式設立した。並行して、千島湖マラソン(Qiandao Lake Marathon)や玉龍雪山スーパー越野チャレンジを立ち上げ、「湖乱跑」という遊び心あふれるブランドでロードランニングも展開。江浙沪地域の自然を活かしたイベント群は、都市部のプロフェッショナル層をターゲットに、自由と美学をテーマにした。
しかし、道のりは平坦ではなかった。2016~2017年の資金危機では、キャッシュフローが底をつき、従業員のモチベーション低下に直面。COVID-19禍では玉龍雪山イベントを中止せざるを得ず、2020年の個人ランニング距離はわずか3,500kmに激減した。2021年の甘肃白銀山地レース事故(21人死亡)後、国家体育総局のイベント中止令で業界全体が凍りついた中、薛氏は「リスク管理が組織者の核心」と強調。衛星通信や高地救助チームの投資を進め、寧海レースを低姿勢で継続した。
薛氏の哲学は、こうした試練で磨かれた。「化繁为简、认认真真(複雑を簡素に、真剣に)」。2025年のインタビューで、彼はこう振り返る。「イベントは精神文化製品。思い出に残るのは喜びだけ。結果に執着せず、心を生むように真剣にやる」。ステークホルダー(政府・村民・スポンサー)との忍耐強い調整、選手の安全第一、環境保護(炭素中和の実現)が、彼の運営の鍵だ。
国際の舞台へ、そして新たな章
2023年、寧海レースは中国本土初のUTMBワールドシリーズ認定イベントに。参加者は4,800人(36カ国・地域)に達し、2024年には105km部門で8人がコース記録を更新。経済効果は計り知れず、民宿収入が農地収入の10倍超になる地方創生モデルを生んだ。UTMB創業者キャサリン・ポレティ氏からも「寧海の文化的深みはトップクラス」と絶賛された。
しかし、2025年10月の大会を最後に、UTMBワールドシリーズからの離脱が発表された。3年間の協力でグローバル基準を達成したものの、薛氏は「エキサイティングな新章」を予告。独立したイベントとして、寧海の独自性をさらに追求するのだろう。薛氏の目標は変わらない――「アジアで最も競争力あるオフロードイベント会社になる」。
薛乾曜の遺産:あなたも山野へ
薛乾曜のストーリーは、単なる起業譚ではない。サラリーマンの日常から、山野の自由へ飛び込んだ一人の男が、中国のトレイルランニング文化を築き、地域の未来を照らした証だ。彼の言葉を借りれば、「一日真剣に、一日やる」。あなたも、寧海の古道を想像してみて。泥濘のトレイルが、人生の新たな道筋を示してくれるかもしれない。
このストーリーに触発された? 寧海レースの参加を検討中の方、薛氏のインタビューを深掘りしたい方は、コメントで教えてください!今後も、彼のことや Ultra Trail Ninghai の今後の動向については、引き続き追って行きたいと思う。
参考文献:
この記事は公開情報に基づくものです。最新情報は公式サイトで確認を。



