きっかけは、ちょっとした違和感だった
「日本は、第3次トレイルランブーム」という言葉を、最近よく目にするようになった。
メディアの記事を読むと、抽選倍率4倍の人気レース、海外ブランドの相次ぐ旗艦店オープン、山を走る若者がファッション誌に登場——そんな明るい話題が並んでいる。確かにここ数年で、山に来る人の雰囲気は変わった。若い人が増えた。女性の姿も目立つようになってきた。
だけど同時に、こんな現実もある。
10年以上続いた地域の大会が、ひっそりと幕を閉じる。ボランティアが集まらない。運営者が高齢になって、次の担い手がいない。エントリーは瞬殺で埋まるのに、その熱狂を支える仕組みが追いついていない。
「ブームだ」と言われるたびに、どこか釈然としないものを感じていた。盛り上がっているのは確かだ。でも何が起きているのかを、きちんと整理した情報がない。
そこでこのレポートをまとめることにした。
何を調べたか
タイトルは「第3次トレイルランブーム——データと構造で読み解く、日本と世界の山岳ランニング市場」。
「ブーム」という言葉を、できるだけ感覚や印象ではなくデータで検証することを意識した。同時に、数字だけでは見えてこない構造的な問題——なぜ女性参加率が世界と比べて低いのか、なぜ大会の二極化が起きているのか、海外と日本で何が違うのか——についても深掘りしている。
主なテーマは以下の通りだ。
- 第1次・第2次・第3次ブームの歴史的比較
- 国内主要大会のエントリー競争率と世界の競技人口データ
- HOKAやSalomonなど主要ブランドの業績と市場動向
- 女性参加率が世界平均38%に対して日本が約20%にとどまる理由(公的調査データによる構造分析)
- 大会の二極化:廃止・休止が進む草の根大会の実態
- UTMBグループ・中国・日本の「大会運営の資本構造」国際比較
特に女性参加率の分析には力を入れた。「時間がない」「育児が忙しい」というよくある説明が、実は限定的である可能性を示す調査データがある。笹川スポーツ財団と仙台大学の日豪比較研究によれば、スポーツ継続の最大の規定要因は「周囲が励ましてくれるか」という文化的な環境にあるという。これは構造の問題であり、個人の話ではない。
このレポートを書いた背景
私自身、トレイルランニングを長く走ってきた。レースに出たこともあるし、ボランティアスタッフとして大会を支えたこともある。
その経験から感じてきたのは、このスポーツのコミュニティが持つ熱量と、それを支えるインフラの脆弱さのアンバランスだ。ランナーの熱狂はある。でも大会を持続させる仕組み、女性や若者が入ってくる入口、競技人口を把握する統計——そのどれもが、欧米や中国と比べると整っていない。
「第3次ブーム」が本物の定着につながるかどうかは、この裏側の構造が変わるかどうかにかかっていると思う。
レポートを書きながら、海外の状況を調べることで見えてきたこともあった。UTMBグループがIRONMANとの提携でどれほどの規模のビジネスになっているか。中国でトレイルランのレースが10年で50倍に増えた背景に何があるか。日本が「3つの資本モデルのどれも持っていない」という現実。
これは批判ではなく、現状認識だ。現状を知ることなしに、次の一手は考えられない。
こんな人に読んでほしい
- トレイルランニングを走っている、あるいは興味を持っている方
- 大会の運営に関わっている方、これから関わりたい方
- スポーツビジネス・アウトドア業界に関心がある方
- 女性のスポーツ参加やジェンダーギャップについて考えている方
- 地域スポーツや地域振興に関わる行政・NPOの方
専門家向けの論文ではなく、関心を持つ人なら誰でも読めるように書いたつもりだ。データには出典を明記し、推計値と実測値は区別した。わからないことはわからないと書いた。
レポートのダウンロード
本文はPDFでダウンロードできる。全7章、約12ページ。
最後に
このレポートをまとめてみて、改めて感じたのはデータの少なさだ。日本のトレイルランニング競技人口を把握した調査は、最後が2014年。それ以来10年以上、公式の数字がない。
ブームだと言われても、規模を測る物差しがない。投資する根拠が作れない。問題の深刻さを説明できない。
このレポートがそのギャップを少しでも埋め、コミュニティの中の誰かの「次の一手」につながれば、書いた甲斐があったと思う。