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広島のど真ん中がスタート地点?「HIROSHIMA TRAIL 2026」で見えたアーバントレイルという新たな選択肢と、国際化の課題。

「LOVE&PEACE」。世界で最もこの言葉が似合う街、広島。その象徴である原爆ドームを道を挟んで見渡せる都市の中心部「ひろしまゲートパーク」が、今大会の舞台だ。

サッカースタジアムが隣接する都会のど真ん中から号砲が鳴り、ランナーたちは河川敷を駆け抜ける。驚くべきは、広島の中心地から程なく走り続けると、息を呑むような険しい稜線へと突入する「都市隣接型トレイル」としての圧倒的な近さだ。山頂から急勾配を駆け下りれば、そこにはコンビニ、ドラッグストア、学校など都市インフラの広がる日常が待っている。山奥へ深く分け入る従来のレースへのアンチテーゼとも言える、都市と自然がゼロ距離で交差する新たな物語が、ここ広島で産声を上げた。

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辺境の山奥を脱却する「都市隣接型トレイル」の革命:新幹線から徒歩圏内の衝撃

トレイルランニング歴16年以上、海外レース歴10年以上の視点から見て、今大会が日本のトレイル界に一石を投じたのは、その驚異的なアクセシビリティにある。

  • 都市インフラの活用: 会場は新幹線「のぞみ」の停車駅から公共交通機関ですぐ。大阪からならわずか1時間半でアクセスできる。
  • 宿泊とバックアップ: スタート・フィニッシュ地点から徒歩数分圏内に、高級のリーガロイヤルホテル広島から、アパホテルのようなビジネスホテル、カジュアルなホステルやドミトリーまで多種多様な宿泊施設が揃う。さらに、周辺に豊富なアウトドアショップがあるため、装備の忘れ物があっても即座にカバー可能だ。

日本のオーガナイザーは「トレイル率」を重視するあまり、アクセスや宿泊キャパシティを犠牲にする「山奥至上主義」に陥りがちだ。今大会でもトレイルに入るまで約7kmのロード(河川敷)を走るが、これは都市の利便性を享受するための「必要なトレードオフ」である。100万人都市のインフラをフル活用するこのモデルは、競技の門戸を広げる大きな革命と言えるだろう。

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河川敷のコースを走っていたときに、新幹線という高速鉄道が横切る光景は、世界的に見ても例はないと考える。

「エイドの物足りなさ」と安全管理:国際大会への大きな壁

一方で、2027年の本格的な国際化を見据えるならば、エイドステーションの質には厳しい注文をつけざるを得ない。

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  • エネルギー不足とバリエーションの欠如: 提供されたおにぎりはコンビニサイズの2/3程度で「1人1個まで」という制限。100kmや50kmの過酷な行程に対し、カロリーベースで明らかに不足していた。
  • 食の多様性とアレルギー対応: 現場ではバナナが提供されていたが、バナナアレルギーを持つランナーへの代替案が乏しいなど、リスク管理の甘さが見えた。
  • 「広島」という資産の未活用: 広島焼き(お好み焼き)、もみじ饅頭、レモンケーキ。世界的な知名度を誇る地元の食が一切並ばなかったのは、大会の魅力を削ぐ「もったいない」の一言に尽きる。
  • 海外スタンダードの導入: 台湾、香港、中国などのアジア圏のレースでは温かいカップ麺や粥が常識だ。これらはエネルギー、水分、塩分を同時に補給できる「マストアイテム」であり、国際化には不可欠な要素である。

大会側からはエイドステーションでは「一定数は提供する」といった表記があったため、私自身は「いつも以上に行動食は持って走るべきだ」と考えて800kcalのリザーブを持って走ったのは正解だった。

しかしながら、他国のレースと比較するとエイドの物足りなさというのは、大き課題だと感じている。少なくとも、おにぎりだけでなく、パン類やポテトチップス、チョコレートといった品揃えは拡大すべきだろう。

2,000人の募集に対して「700人」という現実

当初の募集定員2,000名に対し、実際に出走したのは約700名。この大幅な定員割れの背景には、深刻なブランドパワーの低下がある。

かつては「広島湾岸トレイルラン」として親しまれていたが、前運営会社およびトレイル管理団体との軋轢、商標権トラブルなどにより、新しい運営体制へ移行を経て「HIROSHIMA TRAIL 2026」への名称変更を余儀なくされた。さらに、大会を牽引してきた「名プロデューサー」の不在が、ランナーの期待値を下げたことは否めない。

カテゴリー別の内訳を見ると、20kmコースに300名以上が集中しており、現状は「初級者・カジュアル層」に支えられていることがわかる。皮肉にも、この少ない参加人数だったからこそ、ボランティア不足などの運営課題が表面化し、破綻せずに済んだという「不幸中の幸い」的な側面もあった。

ボランティアに関しては、現場のスタッフたちはプロフェッショナル意識が高いと感じたものの、2000人規模の大会を考えると少ないと感じた。

ボランティアの確保の難しさは、本大会に限った話ではなく、日本のトレイルランニング界全体の課題であるが、広島という大都市であれば、トレイルランニングや登山系のボランティアだけでなく、企業スポンサーからの支援や学生コミュニティ確保も地方よりも容易なはずだ。更に他の地域(関西、九州、四国など)からの支援もあると良いのではと考える。

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参加人数が少なかった影響もあるのか、メイン会場の盛り上がりに欠けていたのは気になるところ。特に、スポンサーや地元企業のブースがなかったのは残念に感じた(アミノバイタルだけが小さなテントの出店があった程度)。レース会場は、ワクワク感を出す演出は、国際化にあたっては必須ではと考える。

必携品の「曖昧さ」と「トイレ隠し」:運営のプロ意識に突きつけられた課題

100kmの部で発生した、装備チェックによる数十人の失格騒動は、運営のコミュニケーション能力とプロ意識の欠如を露呈させた。

混乱の火種は、必携品である防寒用長袖シャツ(綿素材や薄手のアンダーウエアは不可) という曖昧な定義だ。ユニクロのヒートテックのような薄い素材と、フリースや厚手のサーマル層との境界線が示されなかった。

レース当日、柳瀬キャンプ場(75.9km地点) において装備チェックが行われたのだが、その際20名以上のランナーが、防寒用長袖シャツではなく、ソフトシェルを持参していたようで、この結果、多くのランナーがDSQを余儀なくされた。

ソーシャルメディア上では、この件に関して話題になっており、「大会側が明確な基準を明文化すべきだった」「前日の装備チェックで、これもチェックすべきだった」「そもそも、トレイルランナー側がソフトシェルも可能だと解釈したこと自体、夜間の山を危険性を軽視している」といった賛否両論が沸き起こっていた。

筆者は、この表記が曖昧だと感じたため、事前に詳細を問い合わせた。しかしながら、運営からの回答は『各自で判断してください』という突き放したものだった。安全管理の根幹を成すルールにおいて、基準の提示を拒むのは不親切を通り越して不安を煽る行為だ

国際的な視点で見れば、スイスの Eiger Ultra Trail では「Mサイズで180g以上の重量」という数値基準があり、オーストラリアの大会では「疎水性のある素材(メリノウール、PVCなど)、ライクラ素材不可」と明文化されている。

海外のレースのように、必携装備品の詳細な要件を明文化することで、ランナー自身の安全を確保できる上に、装備チェックをする側も、属人的な判断がなくなり、公平な視点でチェックすることができる。

さらに、驚くべきは「公平性を期すため、トイレの場所を事前に開示しない」という運営の姿勢だった。衛生環境の把握はランナーの体調管理に直結する。こうした「情報の秘匿」は、参加者の安全よりも管理側の論理を優先する未成熟さの表れであり、一刻も早い改善が必要だ。

(※トイレ問題に関しては、後日訂正があったものの、レース前における、大会運営とのやり取りは非常に残念に感じた)。

参考リンク

2027年、広島は「世界のHIROSHIMA」へ。国際化への期待と危機感

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しかし、伸びしろは大きい。中国の「大連100」や韓国の「SEOUL 100」のように、都市部を起点としながら成功している例がある。広島もこのポテンシャルを活かせば、アジアを代表するレースになれるはずだ。

今、オーガナイザーがすべきは海外への視察だ。特に、来月開催される中国の「大連100」は、都市部から大連の裏山へ入るコースレイアウトが広島と酷似しており、ボランティアの熱量、エイドステーションメニューを含め学ぶべき点が多い。

また、台湾の「フォルモサトレイル」や「XTrail Kenting by UTMB」のような、ランナーの心を掴む演出も参考になるだろう。昨年の「加賀スパトレイル」の失敗を他山の石とし、日本を代表する大会としての矜持を見せてほしい。

結び:アーバントレイルこそ、日本のトレイルの新しい選択肢

広島の自然、文化、歴史、そして人々の想いが交差する「HIROSHIMA TRAIL」。都市の喧騒からすぐに険しい稜線へと駆け上がるこの特別な体験は、日本のトレイルランニングがもっと「自由」で「開かれた」存在になれる可能性を示唆している。

この広島モデルは、他の都市にも応用ができる。日本は、都市と山との近さが一つの特徴であり、そしてそれを縫うような形で新幹線が通っている。日本の圧倒的都市インフラとトレイルの結合は、日本の今後のトレイルランニングイベントの一つの雛形になるだろう。

特に神戸や京都はポテンシャルの塊だと感じる。神戸は、例えばハーバーランドをメイン会場と据えれば、「海から山へ」のようなレースも可能だ。神戸は、広島以上のポテンシャルがあり、大都市・大阪が隣接している上に、昨年神戸空港の国際化も果たしていて、アジア近隣諸国からのアクセスも向上している。

今回、私が提示した HIROSHIMA TRAIL の山積する課題は、裏を返せば進化の余白だ。「広島の新しい伝説」を本物にするために。運営には、都市インフラにふさわしい「プロフェッショナルな管理体制」を期待したい。

広島の挑戦が「本物」になるかどうかは、おそらく2026年晩夏〜秋に予定されている正式発表の内容にかかっている。一ランナーとして、この「一石」が波紋となって日本のトレラン界をより良く変えていくことを切に願っている。