先日、「RUN+TRAIL」誌に掲載された「加賀スパトレイル」の特集記事を拝読した。トレイルランニング専門誌として、大会の多角的なレポートが期待されたが、その内容は大会運営におけるいくつかの重要な論点について、踏み込んだ分析が不足しているという印象を拭えなかった。本稿では、トレイルランニング界の健全な発展を願い、一読者としてこの記事について考察したい。
1. 「内部からの批判」に対する論調への疑問
まず、巻頭で示された「内側から批判するな」という趣旨の論調には、検討の余地があると感じる。特に、記事中で「トレイルラン業界の人が一段高いところから見下ろすように、あるいは自分たちで線を引いた向こう側から発信していたことに悲しくなりました」という一文は、議論のあり方について深く考えさせられる。
この表現は、運営上の課題に対する専門的な知見からの指摘を、まるで「見下している」かのような感情的な問題にすり替えてはいないだろうか。業界関係者による問題提起は、コミュニティの安全と発展を願う責任感の表れとも捉えられる。それを「線を引く」行為として描写することは、建設的な対話を妨げ、自由な意見交換を萎縮させる効果を生みかねない。
コミュニティの健全な発展のためには、多様な視点からの議論が不可欠である。問題を指摘する声をその立場や表現をもって一概に「批判」として退けるのではなく、その内容を真摯に受け止め、課題を分析し、改善に繋げる視点こそ、専門メディアには求められるのではないだろうか。
2. 大量リタイアの原因分析における相違点
次に、大会オーガナイザーである滝川次郎氏のインタビューでは、大日山登山口エイドでの大量リタイアの主な原因を、ランナーへの「事前告知の不足」としていた。しかし、この見解は、現場のランナーたちが直面していた状況とは乖離があるように思える。
複数の参加者からの報告によれば、当該エイドに至るまでの区間で水や食料の供給が不足していた事実が指摘されている。加えて、気温37度という過酷な気象条件が重なった。このような状況下で、次の17km、標高1,300mに及ぶ最難関セクションを前にリタイアを選択したことは、ランナーの適切なリスク管理の結果と捉えるのが自然ではないだろうか。記事では、こうした運営上の具体的な課題についての検証が十分になされているとは言い難い。
もちろん、滝川氏が日本で初めてby UTMBのレースを誘致した功績は、日本のトレイルランニング界にとって非常に大きな一歩であり、その情熱と実行力は高く評価されるべきである。だからこそ、加賀スパトレイルを今後さらに発展させていくためにも、今回明らかになった運営上の課題については、客観的な分析と改善が不可欠であると考える。
3. 「自己責任」の範囲と主催者の安全配慮義務
特集の終盤で語られる、石川県ゆかりのランナーによる「自己責任」論も、慎重に考えるべきテーマだ。
トレイルランニングにおいて、ランナー個々の自己管理能力が重要であることは論を俟たない。しかし、それは主催者が基本的な安全配慮義務を果たしているという前提の上に成り立つものである。コース設定、エイドステーションの適切な配置と十分な補給、緊急時の対応計画など、主催者側が提供すべき安全の基盤があって初めて、ランナーは自身の能力を最大限に発揮できる。運営上の課題が指摘される中で「自己責任」を過度に強調することは、議論の本質を見誤らせる危険性がある。
4. 総括:未来へ繋ぐための具体的なアクション提案
結論として、今回の特集記事は、大会で発生した事象の表面的なレポートに留まり、その背景にある構造的な問題への深い洞察や検証という点において、専門誌としての役割を十分に果たしたとは言い難い。
幸いにも深刻な事故には至らなかったが、それは運営体制の万全さではなく、個々のランナーの危機管理能力に依るところが大きかったのではないか。この事実を冷静に受け止め、未来の大会運営に活かしていく必要がある。
では、具体的にどのような「建設的な対話」が考えられるだろうか。いくつか具体的なアクションを提案したい。
- 公式な事後検証レポートの作成と公開: 大会主催者は、参加者、ボランティア、医療スタッフなど、様々な立場の人々からフィードバックを募る公式な場を設け、課題点を時系列で客観的にまとめた検証レポートを公開することが望まれる。これにより透明性が確保され、次年度以降の改善に向けた共通認識をコミュニティ全体で持つことができる。
- 専門メディアによる多角的な討論の場の提供: 専門メディアは、大会を称賛するだけでなく、今回のような運営上の課題についても深く掘り下げ、多様な立場からの意見を併記し、読者が多角的に判断できる材料を提供することも重要な役割だろう。特集記事やウェブサイトで、建設的な意見交換ができるプラットフォームを設けるのも一案だ。
これらは決して誰かを非難するための「犯人探し」ではない。日本のトレイルランニング界を、コミュニティ全体でより安全で魅力的なものへと成熟させていくための、未来への投資である。今回の経験を価値ある教訓として、全ての関係者が次の一歩を踏み出すことを切に願う。
追伸
どのメディア、他のトレイル大会運営者も、メーカーなどの業界関係者が、加賀スパトレイルの運営問題について指摘や言及もしてない中で、私がこうやって問題点を客観的に指摘していることが異端者扱いなのだろうか。私は、まるで天動説が信じられていた時代に、地動説を唱えている人物のようだ。